ちょっとアンニュイな午後 (お侍 拍手お礼の四十七)

        *お侍様 小劇場シリーズ
 


 外観はまるで変わっていなくてそれでと、
 大きな変化に気がつかなかったのは、
 やはりこちらがいけないのでしょうね。
 触れてみないと判らなかっただなんて、
 どれほどのことうっかりしていたのだか…。


柔らかな陽がさす、暖かな明るさに満ちたキッチンは。
この空間の主である七郎次が、
日頃から整頓を心がけているその上に、
それはそれは清潔にしている、どうかすると聖なる場所で。
愛する家族へ、滋養のあるものを美味しく食べさせてあげたいと、
大学生になってから手をつけ始めたとは思えぬほどの、
手際の善さやら知識の深さを得ては披露して来た、
そんな誇らしきお手柄のつまった居城でもあった筈だのにね。

 「…。」

今、そこへと立っている城主の姿はといえば、
ちょっぴり項垂れたうなじの線や撫で肩、
力なく萎えてしまってる背中の線などなどが、
何とも頼りなく見えて仕方がなくて。

 「…シチ。」

そんな風にしょげないでと、
すぐ傍らから見上げてくる、赤い眸の坊やのお顔へと。
ええ大丈夫ですよと微笑ってくれたけれど、
それでもどこか、意気消沈したままな彼でもあって。

 「……。」

もう一人の住人は、戸口の枠に凭れる格好で、
胸高に腕を組み、コトの成り行きを見守っているものの。
ちょっぴり薄情に見えるその態は、
自分までもが傍らまで寄り添ってしまうと
話が途轍もなく大仰にならないかと思ってのこと。
だって、

 「若さって、あなどれませんよね。
  ぼんやりしているとあっと言う間に駆け去ってしまって、
  私なんて置いていかれてしまうんですからね。」

 「シチ。」

ううんと、そんなことはないと、かぶりを振った次男坊が、
自分は違うからとでも言いたいものか、
おっ母様の腕を懐ろに抱き込むようにして抱え込む。
その懸命な真摯さへ寂しげに微笑った母上へ、

 「久蔵殿。」
 「俺は、ずっとシチといるから。」

だから、そんなお顔はしないでと。
励まして差し上げているらしかったが。

 「いや、お主はとっとと独立せねば。」

そこはさすがに一言言いたくなったらしい御主が、
やっとのことお声を掛けてから、
凭れていた戸口から身を浮かせて歩みを進め、
流しの縁へ手をついて、
そこに置かれたものを見下ろしていた彼らの傍らに並び立った。

 「どんなに名残り惜しくとも、見ていたって元には戻るまい。」
 「ですが…あまりに迂闊だったのが悔やまれてどうも。」

こんな失敗は初めてだからか、
なかなか吹っ切れないらしい七郎次の肩へと手を置き、

 「お主にこれほど惜しまれたなら、こやつとて本望であろうよ。」

それに、このような姿になったこと、
お主に見られとうないのかも知れぬぞ?と。
そこまでのお言いようをされてしまうと、そこはさすがに、

 「……勘兵衛様、それはちと大仰ですよ。」

やっとのこと、くすすと微笑った彼であり。
うんと頷いてから、それを踏ん切りにしたらしく、

 「今からお買い物に行って来ますね。
  タマネギとそれから、何か要りようなものはありますか?」

いいやとかぶりを振った勘兵衛の傍らから、
速やかに離れた久蔵のほうはついて行くつもり満々ならしくって。
トートバッグを戸棚から取り出し、
上着は玄関前のクロゼットだからとそのまま先に立ってゆく手早さよ。

 「それでは…。」

にっこり微笑って次男坊の後を追った、
七郎次の束ねられた金の髪を見送って。
玄関から出て行く物音を聞いてのそれから、
流しに置かれたタマネギをあらためて見やる。
こうやって見る分にはどこにも異状は無いのだが、
試しに持ってみれば、
堅い外皮の下、瑞々しい中身がみっちり重く詰まっているはずが、
空気の抜けたゴムボールのように、
ぶよぶよとへこんでしまう惨状を呈しており。
こうなるまでちっとも気がつかないでいたことを、
ああまでしょげていた古女房。
料理の方面での失敗が
あまりにも久々だったがゆえの消沈だったのだろうけど、

 “…何もあそこまで凹まずとも。”

思い出してはついつい零れる苦笑に困りつつ、
何とか持ち直したようなのでと、
こちらは問題のタマネギを処分してやるべく、
ビニール袋とキッチンペーパーを幾枚か、
例の黒いのへの対処よろしく、
手元に用意した勘兵衛様だったりするのであった。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.11.23.


  *シチさんもたまにはアホになる…じゃあなくて。(シニタイノカの刑?)
   何だこりゃな話が続いてますが、実は実話です。
   台所で野菜ストッカーにしているカゴの下が妙に汚れるんだけれど、
   野菜には異常もないようだし変だなぁと、
   中途半端なまんま、それ以上は究明しなかった数日後の今日。
   ひょいと掴んだタマネギが1個、
   外の皮はそのまんま、中身が殆どスカスカに無くなってたんですね。
   びっくり〜〜〜したもんで、つい、
   シチさんに代弁してもらいました。
(おいこら)


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv **

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